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2026.01.16ブログ
最古の日本の権力者であった卑弥呼はどんな家に住んでいたのか?
こんにちは!大阪市で解体業者として活動している株式会社三輝工業のブログ担当です!
今回お送りするの、『卑弥呼に家はどんな家だったのか』という内容です!
そう!こんな突拍子なタイトル記事ですが、ネタがないのです!
ただユーモア溢れるブログにもしていきたいので歴史好きな方・建築が好きな方は是非、読んでいってみてください!
:卑弥呼とは何者か
卑弥呼は、3世紀ごろの日本に存在したとされる国「邪馬台国」を治めた女王です。
中国の歴史書『魏志倭人伝』に記されており、日本最古級の“実在が記録された人物”とも言われています。
呪術的な力を持ち、政治と宗教を兼ねた存在だった卑弥呼。
では、そんな女王はどんな家に住んでいたのか?卑弥呼の住居は「普通の家」ではなかったみたいなんですね・・
結論から言うと、卑弥呼の住居は一般庶民の竪穴住居ではなく、特別な建物だった可能性が高いです。
① 高床式建物だった可能性
弥生時代後期には、すでに高床式建物が存在していました。
- 湿気・害獣対策
- 権威を示す「見上げる建築」
- 食料庫や首長専用建築として使用
卑弥呼の立場を考えると、
👉 集落の中でも一段高い位置に建つ高床式建物だったと考えるのが自然です。
② 住居+神殿のような建築
『魏志倭人伝』には、卑弥呼について次のような記述があります。
卑弥呼は鬼道(呪術)を用いて民を治めていて
男性とはほとんど会わず、千人の侍女に囲まれていた
つまり、
生活の場 + 儀式の場という性格を持つ建物だった可能性が高いです。
現代で言うと…
- 自宅
- 政庁
- 神社
これらを一体化した建築。
③ 建物規模はかなり大きかった?
考古学的に復元されている首長級建築を見ると、
- 柱が太い
- 建物が大型
- 周囲に柵や結界のような構造
これらが特徴です。
卑弥呼の住居も
👉 一般集落とは区画された「特別エリア」
👉 柵・門・警護があった可能性が高いでしょう。
④ 卑弥呼の家はどこにあったのか?
邪馬台国の場所については、現在も議論が続いています。
有力説は2つ👇
どちらも共通して言えるのは、
👉 巨大な集落+首長級建築跡がある
👉 当時としては異常にスケールが大きい
つまり、卑弥呼の家は「小さな草葺き小屋」ではなく、当時の最先端・最大級の建築物だった可能性が高いのです。
建築・解体目線で見ると面白いポイント
解体業・建築業の視点で見ると、かなり面白いのです!
- 木材は 太い丸太柱(無垢材)
- 釘なし(仕口・縄・楔構造)
- 屋根は 茅葺き or 葦葺き
- メンテナンス必須(定期的な葺き替え)
👉 現代の古民家解体とほぼ同じ構造思想
👉 逆に言えば「何百年も耐える合理的構造」
まとめ|卑弥呼の家は「権力を建築で表した建物」
卑弥呼が住んでいた家は、
- 高床式
- 大型建築
- 儀式と政治を兼ねる
- 集落の中心・最上位
という、住居というより「王権を象徴する建築」だった可能性が高いです。
現代で言えば、 城+神殿+官庁
それが卑弥呼の家であるとされていて、実際今現在真意を確かめる方法はありませんが、
歴史=ある種のミステリーでわくわくする内容で、調べてみたら面白い内容でしたので
今後も歴史好きにもたまらない記事を挙げていきますので是非ご覧ください!
