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2026.01.19ブログ
聖徳太子は日本最初の建築プロデューサーだった?

こんにちは!大阪市で解体業者として活動している株式会社三輝工業のブログ担当です!
今日も内容でお送りするのが【歴史×建築】の内容で、今回ピックアップする登場人物は聖徳太子です!
それでは歴史の世界へどうぞ!
ー建築視点で読み解く飛鳥時代の革命ー
日本の建築史を語るうえで欠かせない人物、聖徳太子。
政治家・思想家として知られていますが、実は日本建築の方向性を決定づけた存在でもあります。
現代でいうなら
👉都市計画+公共建築+宗教施設の総合プロデューサー、それが聖徳太子でした!
飛鳥時代の建築は国家プロジェクトだった
聖徳太子の時代、寺院建築は単なる宗教施設ではありません。
・国家の威信
・技術力の象徴
・人材育成の拠点
・文化輸入の受け皿
今で言えば
【官庁+大学+技術研究所】を一体でつくるものだったそうです。
聖徳太子は設計者ではなく思想設計者
聖徳太子本人が大工だったわけではありません。しかし、
・どんな建築が必要か
・なぜ建てるのか
・どこに、どの規模で建てるのか
思想と方向性を決めたという意味ではなく、
完全に『建築プロジェクトの元請け』だったのです!
まとめ:壊すからこそ建築の価値がわかる
実際、解体現場に立つと分かる事があり、
・雑に建てた建物は、壊しやすい
・考えて建てた建物は、壊すのに時間がかかる
聖徳太子の建築は、1300年経っても簡単に壊れない思想で作られていたのです!
実は聖徳太子も現代に繋がる歴史の人物だったそうで、実に面白い建築との関わりがあったのですね!
